世の中の音楽業界の方々へ。チラシの見かけを、もう少しなんとかしたい。
ボクには、音楽業界の友人や、音楽を趣味にしている方々が多い。
それで良く、コンサート、ライブなどに誘われるケースがとても多い。
しかし実際は、全部のコンサートに行ける訳も無く、ある限られた、
数人の人たちのライブにだけ行く。
まいどまいど、いろいろな人から案内を頂いたりするが、全体の
15パーセントをのぞいて、ほとんどのチラシは、見るに耐えない。
どこから読んでいいの?とか、すぐに捨てたくなるようなものまである。
そこで毎回思うのは、「これって音楽のチラシなのだろうか?」と言う
疑問が浮かぶ。
Facebookでは前にもこの事はかいたのだが、
昔、まだまだ、ぴあとかのチケット、ローソンとかのいかにもコンピュータで
作られる画一的なチケットが出る前の話である。
音楽と言うなの付くもの、映画と名のつくもの、そして
演劇と名のつくもの……これはどれもエンターテインメントです。
嗜好性のもので、音楽であれば、「演奏がいいからいいじゃん」と言うものでもない。
子供のころ親父が映画が好きで、良く映画に連れて行かれた。
その時には、「映画に行くぞ」といわれて、子どもながらに、それなりの服をぱりっと着ていわゆる「よそ行き」な服装をして出かけていた事を思い出します。
中学生になって、自分でレコードを買うようになって、聞いた事もない音楽だけど、レコード店に貼ってあるポスターにワクワクして、レコードジャケットにワクワクして、何枚も買いました。
デザインにはそうした人を引きつける力、音楽の音が鳴る前から何かを伝えて、期待を育んでくれていました。そして、一度聞くとその音と画像が合体して、そのうち象徴として、その絵を見ると音の感触を思い出していました。
コンサートのチケットチラシ、それにポスター、レコード(CD)ジャケットなどどれもそれは、演出であり、導入であり、そして象徴になるものではないのでしょうか?
どんなにお金をかけなくてもいいものは作れるし、…逆に言うとそれが出来るぐらいのお金は掛けるべきであるとボクは思います。なんだかそれを「お金をかけられない」と言っている音楽家、ミュージシャン、プロモーター…の美的なセンスを疑ってしまいます。
それは、当然の事、音も衣装も照明もチケットもパンフもポスターもT-Shirtsも、全部で聴衆、観客を、現実に居ながらに夢の空間へ誘ってくれる、パフォーマンスです。
どうか、どれも大事にしてほしいです。
View To The Top / The Voice Of Glory
- アーティスト: 下野ヒトシ,Teatro Raffinato
- 出版社/メーカー: Vanquish Music Records
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